【橋本市・河内長野市】どこよりも詳しく!130年の地車里帰り記念曳行。桜が満開の橋本東家に来た河内長野松ケ丘地車。式典から曳行まで追いかけてみました

地域に住んでいる人たちの活動には、時に興味深い物語を解き明かすことがあります。この記事では、河内長野市松ケ丘の地車には130年の歴史があり、もともとは山を越えた橋本市東家の地車だったという歴史があります。そして先日130周年を記念した「里帰り曳行」。「どこよりも詳しい記事」ということで、当日の式典から曳行の全足跡を実際に追いかけながら詳しくレポートしました。
南河内ニュース/奥河内から情報発信 2026.04.09
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地車は本来秋祭りに曳行されるもの。秋祭りになれば各地の町や村の若衆(青年団)が中心となって地車の曳行を行います。しかし2026年は、桜の花が満開になるタイミングでこの地車の曳行を見ることができました。

それはこちらのイベントが和歌山県橋本市で行われたからです。河内長野市松ケ丘の地車には130年の歴史があります。この地車は当初は和歌山県橋本の東家(とうげ)のもので、住吉村の大工の名門・大佐により作られました。大正時代になって、河内長野松ケ丘に移動し、現在まで保存されて大切にされていました。今回のイベントは、作られてから130年目のその地車を東家に里帰りさせるという内容でした。

それに先立ち、前の週に松ケ丘の町内でも曳行が行われたので、松ケ丘に行き取材しました。

そして4月5日当日、和歌山県橋本市東家での地車里帰りイベントが行われました。地車や曳行などに参加する多くの松ケ丘のまちの皆さんは恐らく天見紀見トンネルで現地に向かったと思われます。

しかし、公共交通派の私は南海電車に乗って橋本駅に到着しました。

駅前にいました。

そして駅から歩くと見つけたポスターです。以前橋本に住んでいる人から、橋本には有名な歌手が来ないから河内長野まで出てラブリーホールに行くという話を聞いたことがありますが、そういう事なんですね。

式典が行われる橋本市保健福祉センターまでの途中、少し寄り道しながら歩きました。例えばこちらの石灯籠は高野街道にあるのですが、目の前には紀ノ川が流れています。これは「東家渡場大常夜燈籠」と呼ばれるもので、かつては河内長野方面から続いている高野街道がここから渡し船で紀ノ川を渡って学文路(かむろ)に出て高野山に登る必要があったそうです。

そして途中で見つけたのが東家のバス停。この日の地車もこのあたりを曳行されるわけですね。

ということで、式典が始まる9時になろうとしたときに会場の橋本市保健福祉センターに着きました。会場には、2台の地車そして多くの人が集まっていました。

ちょうど始まったばかりで、松ケ丘の代表からのあいさつが行われていた時でした。

地車の前には松ケ丘、東家両方の町衆が並んでいます。

自治体のトップも来賓として駆けつけていました。河内長野市からは西野市長をはじめ、道端府議や小川教育長の姿もありました。

こちらは平木橋本市長です。

この後、松ケ丘側から東家側にお礼品の贈呈がありました。

その後は双方の団扇(うちわ)の交換会です。

今回は地車の曳行を見学する人たちに、里帰り曳行の記念の団扇が配られました。私もお裾分けを受けました。

反対側です。松ケ丘、東家の両町のマークと今回の行事に対する思いが書かれています。

式典の最後は、来賓の皆さんを囲んで記念撮影が行われました。

いよいよ曳行がスタートします。さて松ケ丘に限らず南河内の地車の多くは、みんなおそろいの法被(はっぴ)姿ですが、東家の場合は大工方(屋根に立つ人)だけ専用の白い法被を着ています。こういうところからも河内(河州)と紀州との違いを感じます。

そして序盤は、ふたりの市長が松ケ丘の地車に乗って曳行します。

こうしていよいよ地車が東家の町に繰り出しました。

私も曳行についていきました。

メインストリートの片方の車線が規制されて、地車が曳行します。橋本の町を挙げての一大イベントですね。

途中で地車を上下に動かすパフォーマンス(縦しゃくり?)も見せてくれました。

河内長野の地車が、いつもとは違うところを曳行しているので新鮮です。

東家の陸橋の上からも多くの人が見ています。

メインの通りから中に入っていきます。紀ノ川の対岸の山には、山桜のピンク色が見えます。

ここは橋本地方卸売市場です。

橋本と書かれた場所に松ケ丘の地車がいること自体が極めて異例ですね。

卸売市場で少し休憩をした地車が、再び動き出しました。

前のほうを撮影しようと、別の道から先回りしてみました。

式典の時よりもさらに人が増えてきたようです。

そして、JRの高架下を通過していきますが、そこに高野街道と書かれています。

先ほど紀ノ川の前で終わった高野街道の石灯籠を撮影しました。その場所の北側を地車が北上しています。

こちらは南海の高架下です。この後地車はUターンするのですが、この道をそのまま進めばやがて紀見峠があり、峠を越えると河内長野になります。

無理を承知で言えば、河内長野駅前から西高野街道に入れば、中高野街道との分岐点付近に松ケ丘の地車小屋があるので、そのまま戻ろうと思えば戻れます。

ちょうど南海電車が通過していきました。

ちょうど先に折り返してきた東家の地車とすれ違いました。

松ケ丘の地車もUターンして高野街道を南方向に進みます。

今度は東方向、橋本駅方面に向かいます。

ここで地車に接近してみました。

曳行中は危ないのであまり近づきすぎることはできませんが、

130年の歴史ある彫り物を見ることができました。

さて正面には橋本川が流れていて、古東橋を渡ります。

橋を渡ったところで南側に進路を変え、橋本川沿いに地車が曳行されます。

橋本川です。今回のお祝い式典を祝福するかのような満開の桜です。

普段なら秋祭りの時に曳行される地車が、満開の桜に隠れるように曳行されるのも不思議ですが、味わいありますね。

そして古東橋より一本南の橋「松ヶ枝橋」を渡ります。松ヶ枝という橋の名前も松ケ丘に近いので不思議と親近感を持ってしまいますね。

橋を渡り終えた後、急な下り坂になっているようです。そのためでしょうか?遠くから見て地車が一時止まっているように見えました。それでも東家の地車のほうがスムーズに降りていった気がしたのは、地の利だからでしょうか?

狭い道を多くの人がついていきます。

後でわかりましたが、松ヶ枝橋のこの道は伊勢街道(又は大和街道)とのこと。つまり伊勢神宮に向かう道です。橋本市によると、和歌山城下を起点に紀ノ川沿いに東に道が続いているそうで、橋本からは大和五條、さらに高見峠を越えて伊勢ノ松坂に至っているとのこと。そして高野街道とも交わっているあたり、虫籠窓の家屋をいくつか拝見できて歴史を感じました。

さらに、歴史ある街道らしいものを発見しました。

こちらに「大師の井戸」と書いてあります。明確な由来は確認できなかったのですが、空海の伝承だと考えられます。河内長野には空海の伝承が数多く残っていますが、橋本東家は河内長野以上に高野山に近い場所だからあっても不思議ではないですね。

こうして、地車は無事に曳行を終え、橋本市保健福祉センターに戻ってきました。最後にふたつの地車がパフォーマンスをします。

東家は「やりまわし」、松ケ丘は「ぶんまわし」を披露して、今回のお祝い行事は無事に終わりました。それにしても画像を見るとほぼ全員がカメラマンですね。

「これが河内の地車!」と大声の若衆(青年団員)。凄いエネルギーです。この時に思ったのは、「石川型」と称される大型の地車を上下左右に動かしながら拡声器で曳歌を歌い、俄(にわか)を披露する富田林の地車と比較すると比較的おとなしい印象のある河内長野の地車でしたが、橋本東家の地車と比べるととても派手で激しいです。改めて山で隔てられた河内と紀州の違いを感じました。

最後は両方の若衆が仲良くコラボレーションしていました。

ということえ、住吉村大佐の地車、130年周年を記念しての曳行の様子を、式典から曳行が終わるまでの様子を詳しくご紹介しました。いつも秋祭りで見る地車と違って、桜が満開の中で行われた記念行事。山を越えて橋本まで来てその様子を取材できで本当に良かったと思いました。

橋本市保健福祉センター

住所:和歌山県橋本市東家1丁目3-1

アクセス:南海・JR橋本駅から徒歩17分

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