【富田林市】12日にらぶとんが行われる瀧谷不動尊の本尊は撮影が許されない秘仏!不動明王像の国宝化運動を御存じですか?

地域に住んでいる人たちの活動には、時に興味深い物語を解き明かすことがあります。この記事では、富田林市にある瀧谷不動明王寺(瀧谷不動尊)の本尊である重要文化財の不動明王を国宝にしようという運動が行われています。その経緯や意義などについて住職からお話を伺った内容です。
南河内ニュース/奥河内から情報発信 2026.04.11
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富田林は寺内町という観光地があり、寺内町を形成した中核寺院の富田林御坊「興正寺別院」を富田林の寺院として思い出すかもしれません。

(願昭寺)

しかし瀧谷山瀧谷不動明王寺(以下、瀧谷不動尊)をいちばんと答える人も少なくないのではないでしょうか。滝谷不動尊は、日本三不動のひとつ(複数の候補あり)に数えられる真言宗智山派の寺院で、821年に空海(弘法大師)が開創(かいそう:初めて寺を開いた)と伝わる寺院です。

古くから「眼の神様」として知られるほか、厄除けや交通安全、商売繁盛の利益を求めて多くの参拝者が訪れる寺院で、本尊の不動明王像のほか一願不動尊が有名です。また境内の「身代わりどじょう」を放流して無病息災を祈る独特の風習も残っています。

そして昔は毎月28日の縁日(現在は第4日曜日)には露店が立ち並びました。その時は滝谷不動駅からの道が歩行者天国でしたが、第4日曜日に変わった現在は、境内の前にある駐車場でまとまって行われています。そして金剛バスが運行していた2023年12月までは、その日に臨時バスも出ていました。

さて次の日曜日、4月12日にはすっかり恒例行事となった第5回らぶとん(LOVEとんだばやし)(外部リンク)が行われます。瀧谷不動尊の山上駐車場で10:00〜17:00の予定。スペシャルゲストとして河内音頭の生駒尚子さんを筆頭に、地車彫師の彫陽さんとっぴーすばるファイブと豪華メンバーがそろい踏み!もちろん飲食などの名店も揃っています。

重要文化財の本尊は撮影が許されない秘仏

(荒谷住職)

そんな瀧谷不動尊で、国の重要文化財に指定されている滝谷不動尊の本尊・不動明王像の国宝化運動が行われていることをご存じでしょうか?私も最近知ったのですが、とても気になったので滝谷不動尊に取材を申し込み、荒谷純榮(あらたにじゅんえい)住職からお話を伺うことができました。

住職によると本尊は「木造不動明王及二童子立像」で、秘仏のため撮影することはできません。例外的に重要文化財としての調査の際に撮影したものがあるのですが、それをネット上に引用することも憚れます。実際に文化財を紹介するサイトでも見ることができません。

ところが全く見られないのかと思えばそうではなく、縁日(8日、18日、28日)には公開されガラス越しの拝観は可能。但し撮影は一切認められていないとのこと。

また、かつて28日に行われていた縁日は現在第4日曜日になったため、上記縁日に加え、第4日曜日にも本尊の拝観が出来るようになったそうです。

富田林市の文化財課(外部リンク)のページにも本尊の写真はありません。さてリンク先にも書いてありますが、木造不動明王及二童子立像を確認すると、桧(ひのき)で作られており、それぞれの像の高さは以下の通りです。

  • 中央の不動明王の身長は161.2センチ(中学生くらい)

  • 両脇にいる矜羯羅童子・制多伽童子の身長はそれぞれ93.7センチ(幼稚園児くらい)

そして昭和33年に行われた解体修理調査により判明したこととして、不動明王像の像内に墨書があることがわかりました。それによると平安時代後期の1094(寛治8)年に藤原氏、錦氏、勝氏らが願い主となって、除病延命を願って造立されたことが判明しました。こうして富田林市内に4つある国の重要文化財のひとつに指定されたのです。

重要文化財ではなく国宝にしたいという思い


(住職から貴重な書物をいくつか見せていただきました)

荒谷住職と国宝化運動を行っている人たちは、前述したとおり本尊を国宝にしたいという強い思いがあります。その前に国宝と重要文化財の違いをおさらいすると次の通りです。

素人からすると重要文化財でも十分価値の高いものという印象ですが、やはり「国宝」となれば、「国の宝」です。場合によっては「世界文化の宝」という意味合いをもち、有形文化財の最上位に指定されるものということで、ご本尊を「できれば国宝に」との思いがあります。

(国宝:観心寺金堂)

そしてもう一つの思いとして、隣の河内長野には以下の8点の国宝があるのに対して、富田林には国宝が存在していないこともあります。

  • 観心寺金堂 南北朝時代

  • 木造 如意輪観音坐像 平安時代

  • 木造 大日如来坐像 木造 不動降三世明王坐像 平安時代・鎌倉時代

  • 剣 無銘、附、黒漆宝剣拵 平安時代

  • 延喜式神名帳 平安時代

  • 延喜式第十二残巻、第十四、第十六 平安時代

  • 観心寺縁起資財帳 平安時代

  • 紙本著色 日月四季山水図 室町時代

住職と運動を盛り上げている方々によれば、国宝となりえる根拠としても以下の理由を挙げています。

  • 不動明王だけでなく脇侍も含めた三尊すべてが平安時代後期と判明しているのは極めて珍しい

  • 制作年代、構造、技法が学術的に裏付けられている

  • 平安時代後期の彫刻を明確に示し、保存状態も良好である

もし瀧谷不動尊の本尊が国宝指定されれば、富田林で唯一の国宝となります。仮にそうなれば、広い意味での「まちおこし」に繋がるのではないかと言います。そして、国内外からの来訪者の促進につながると期待しています。

(グランドホテル二葉の客室)

幸いにもすぐ近くにはグランドホテル二葉や料理旅館の門前屋もありますし、寺の背後にある嶽山山上には亀の井ホテル富田林と、周辺に宿泊施設も豊富にあります。「地域が盛り上がって多くの人が瀧谷不動尊にお参りしてほしい、そして地域振興に役立てたら」と、本尊の国宝化に大いに期待しているのです。

不動明王は文化財としての地位が低い?

仏教の世界にも序列があり、上から如来、菩薩、明王、天となっていて、おおよそ以下のような意味合いがあります。

ところが荒谷住職によれば、こういう仏の格とは別に文化財の世界でも格のようなものがあり、明王は如来や菩薩と比べて低めの扱いを受けている気がすると言います。

例えば不動明王全体で国宝指定の例は少ないという前提があります。さらに、平安前期や鎌倉時代に国宝指定となった不動明王があるのに、滝谷不動尊の本尊のような平安後期のものが確認されていないと言います。

また同時代や前後の時代を見た時に他の仏像(如来像や菩薩像)と比べて少ないとのデータもあるとのこと。これは他の仏像と比べてなぜか不動明王像自体が評価されていないのではと言います。

「作者が名前を残す時代の前の作だったからでは」ということも、その理由として挙げていました。鎌倉時代以降は作者の名前が残されていて、その作者が著名な人物であれば文化財としての価値も高くなるということのようです。

厳密には不動明王像ができた3年後の1097(永長2)年9月に出来たとされる脇侍(きょうじ・わきじ)ですが、ほぼ3体が同時期に造立。不動明王のみの場合はともかく、脇侍と3体が揃っているのは本当に珍しく、しかも最古級ではということで、国宝になってもおかしくない価値を持つのは確かです。

みんなが祈祷に来る寺が故の見落とし

荒谷住職は「先代住職から聞いた話なのですが」と前置きしたうえで、次のような興味深い話をされました。「祈願の寺だからという思い込みがあるのでは」といいます。

それは重要文化財に指定される前のこと。文化財研究の先生が、観心寺の調査のために南河内に来ていたそうなのですが、その後に、たまたま近くであるという理由で瀧谷不動尊にも立ち寄りました。

今もそうですが、瀧谷不動尊は祈願の寺です。祈願の寺とは主に庶民階級の人達が訪れていた寺の場合が多く、昔はそれとは別に上流階級の人専用の寺院がありました。そして上流階級の人が通う寺院にはとても文化財の価値が高い仏像があるとされ、逆に祈願の寺にはそういう価値の高い仏像はないという研究者の思い込みがあったのです。

当時のご住職がせっかくお見えになったのだからと本尊をお見せしたところ、その先生は一目見るなり「こんなところに、こんな素晴らしいものが!」と驚かれたそうです。その後に調査が行われて重要文化財指定とつながったことから、祈願の寺だからという専門家の思い込みで、それまで文化財級の仏像が瀧谷不動尊にあるとは思われていなかったのではということなのです。

だから、「再評価の意義がある」と住職は言います。国宝指定にまで至らなかったことに対して、当時の学術的に否定の判断をしたという記録が確認されておらず、当時の行政の運用の状況で国宝未指定になってしまった可能性があるのではとのこと。

(ラブとん会場になるの山上駐車場には、かつて道頓堀にあったスポタカの像)
「だったら改めて評価してもらいたい、見過ごされてきた平安後期作の不動明王像の価値を見出してほしい、国宝指定申請に十分値するのではないか」と住職は締めくくりました。

ということで瀧谷不動尊の国宝化運動について取材しました。最後にちょうど祈祷の時間ということで、住職からの計らいで本尊を参拝する機会をいただきました。


(画像はイメージ:実際には本堂内奥で祈祷と護摩焚きが行われ奥に鎮座する本尊を)

もちろん撮影できないので画像はありませんが、祈祷を申し込んだ人たちが並ぶ中、護摩が焚かれました。やがて天井近くまで立ち上る炎の後ろの厨子の扉が開き、そこに現れた不動明王の威風堂々とした姿。その姿を拝見して、あくまで個人的な感想ですが、「国宝級文化財としての価値があるのかもしれない。可能であれば再調査もしてぜひ国宝にも」と思いました。

住所:大阪府富田林市彼方1762

電話番号:0721-34-0028

開山時間:6:00~16:30(元日を除く)

アクセス:近鉄滝谷不動駅から徒歩15分

住職がこっそり語った瀧谷不動尊の意外な事実

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