羽曳野の名の由来。若くして死に白鳥になった伝承を持つ日本武尊の白鳥陵・軽里大塚古墳【羽曳野市】
地域に住んでいる人たちの活動には、時に興味深い物語を解き明かすことがあります。今回の記事は、羽曳野(はびきの)市の名前の由来は、古代の英雄・日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の白鳥伝説にあることを紹介。若くして亡くなり白鳥となった日本武尊がこの地に舞い降り、天高く飛び去った姿が「羽を曳くが如く」だったことから名付けられました。市内には、その陵墓とされる前方後円墳「白鳥陵(軽里大塚古墳)」があります。
南河内ニュース/奥河内から情報発信
2026.06.24
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羽曳野(はびきの)市の名前の由来は、古代の英雄日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の白鳥伝説です。
日本武尊化白鳥、從陵出之、指倭國而飛之。群臣等、因以、開其棺櫬而視之、明衣空留而屍骨無之。於是、遺使者追尋白鳥、則停於倭琴彈原、仍於其處造陵焉。白鳥更飛至河內、留舊市邑、亦其處作陵。故、時人號是三陵、曰白鳥陵。
日本書紀 巻07/景行天皇
日本武尊ヤマトタケルノミコトは白鳥となって、陵みささぎから出て倭国やまとのくにを指して飛んでいかれた。(中略)白鳥はまた飛んで河内に行き、旧市邑(古市邑・ふるいちのむら:大阪府羽曳野)にとどまった。またそこに陵(みささぎ)を造った。