前田慶次のクチコミに導かれ、「長坂」へ。消えた戦国武将の影と、静かな集落を歩いてみました【南河内郡河南町】
地域に住んでいる人たちの活動には、時に興味深い物語を解き明かすことがあります。今回の記事は、前田慶次の終焉の地という口コミがあった大阪府河南町長坂の安楽寺周辺の散策記です。古文書の記述を頼りに現地を訪れたものの、具体的な物証や伝承は見つからず、歴史的な可能性は低いと結論づけています。しかし、伝統的な家屋や用水路が残る静かな集落の風情、今なお地車文化を伝える街並みの魅力を満喫しています。
南河内ニュース/奥河内から情報発信
2026.06.26
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冒頭の写真は地車(だんじり)小屋ですが、場所は河南町長坂です。たまたまこの地にある寺院のクチコミを見ると、「前田慶次終焉の地の可能性がある」と書かれていました。
戦国末期から江戸初期に活躍した前田慶次(本名:前田利益)は、前田利家の甥にあたります。常識を逸脱した派手な身なりや振る舞いをする「戦国傾奇者(かぶきもの)」として、その名を知られている人物です。
確かに神出鬼没な彼のこと、絶対にないとは言い切れませんが、一般的には山形県米沢市(堂森善光寺周辺)が最も有力な終焉の地とされています。また、このほかに奈良県奈良市(旧月ヶ瀬村)という説もあります。