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これは明治時代の河南鉄道の名残?旧国道に架かる桜橋から見える近鉄長野線のレンガトンネル【河内長野市】

地域に住んでいる人たちの活動には、時に興味深い物語を解き明かすことがあります。この記事では、近鉄河内長野駅から汐ノ宮駅の間にあるレンガのトンネルの話題です。初めてこの地域に線路式設した河南鉄道?の名残が感じられる場所です。
南河内ニュース/奥河内から情報発信 2026.05.10
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南河内地域の鉄道(南海・近鉄)は明治時代から鉄道が敷設されているため、昔のままのレンガの端が残っているところがいくつかあります。

(3号暗渠)

有名なのは大阪狭山市にある暗渠(あんきょ)です。これは高野鉄道が1898(明治31)年に、大小路駅(現:堺東駅)から狭山駅、さらに長野駅(現:河内長野駅)まで開通したときに設置されたものです。

(3号暗渠反対側)

そして狭山の暗渠は片側がレンガのトンネルで、抜けるとコンクリートになっています。これは1937(昭和12)年に狭山駅と金剛駅の間が複線になったからで、当時はもうレンガではなくコンクリートを使ったからです。ちなみに複線化のタイミングで金剛駅が新たにできました。

そして近鉄長野線も同様に古い歴史があり、特に河内長野駅と汐ノ宮駅の間にはレンガの橋げたが残っています。

1902(明治35)年に当時の河南鉄道により富田林駅と滝谷不動駅間が開業し、同じ年に滝谷不動駅と長野駅(現:河内長野駅)が開通しました。高野鉄道(南海高野線)より4年遅れですが、当時はまだレンガでトンネルや鉄橋の橋げたを作っていたことがわかります。

ちょうど電車が通過していきました。南海側と違い単線のままなので、片側がコンクリートになったりはしていません。

先ほどの鉄橋から汐ノ宮駅方面に旧国道を少し歩くと、やがて白い柵らしきものが見えてきます。見た目では全くわかりませんが、あそこには非常に小さな川が流れています。

このように小さな川が流れています。

小さな流れは石川本流と合流します。

では国道の反対側は?ということで、遠くから見えた白い柵のほうを見ます。

柵の所に橋の名前が書いてあります。桜橋という名前がついていました。

そして桜橋の先を覗いてみると、崖の先にレンガのトンネルが見えます。近鉄長野線と小さな川が交差したところに設置されたものです。

拡大しました。立派なレンガです。河南鉄道が敷設されたときの物でしょうか?そしてトンネルの下には石川本流へ向かう流れがあります。

(南海高野線の下を通るレンガのトンネル)

ちなみに小川は、ロイヤルホームセンター付近から姿を現し、大きなマンション群のアメニティ長野の前を流れます。そこは谷川遊歩道という名前がついていて、水の流れは地中に隠れて暗渠となっています。画像は南海高野線と交差するところに設置されているレンガのトンネルです。

(川の下流方向から旧国道方向を見た様子)

なお、桜橋が架けられている旧国道は、歩道などが無いので見学される際には車に注意しましょう。

桜橋

住所:大阪府河内長野市汐の宮町、向野町
アクセス:近鉄汐ノ宮駅から徒歩5分

近鉄汐ノ宮駅を利用するとプチいいことが

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